吉増剛造・豊島弘尚・鵜飼哲ほか共著『飢餓の木2010』以文社+ICANOF新刊に寄せて/豊島重之
![]() 吉増剛造 銅葉作品『飢餓の國・飢餓村』2010年 ![]() 豊島弘尚 新作絵画『雨月 “UGETSU”』2009年 ![]() 佐藤恵 poem-reading 『飢餓の涯へ・地べたへ』 ![]() 及川廣信ソロダンス公演 |
HEY! ソリチュードたち!-bis
豊島重之(ICANOFキュレーター・本書編者)
(1)
――ピンチハンガーを手に足下の闇を照らして歩む、HEY!ソリチュードたち! そう、きみのことだ、よるべなき、HEYだ! これは単に風変わりな「詩画集と映画論集と演劇論集」の異種バトル本ではない、〈飢餓の木〉は、HEY! 21世紀少年必読の「甦る死者の書/未生の古文書(こもんじょ)」だ、〈飢餓の木〉は、2010年代の危機の徴候をよるべなく生きるための海図・星辰図、それとも、HEY! 飢餓の歩き筋のための指南書=アルス・ノトーリア(Ars Notoria)だ!
(2)
まるでカンテラ=足下灯り(kandelaar=lantern)さながらピンチハンガー(pinch-hanger)を手に、傍道(そばみち)なき杣道(そまみち)を照らし出していく詩人=映画作家。すでに世界数ヶ国語に翻訳されてもいる砕氷船のごとき詩集の数々。未踏の原野を伐り拓く詩集・写真集により芸術選奨・毎日芸術賞・高見順賞・歴程賞ほか多くの受賞歴をもつ吉増(よします)剛造によるショートムーヴィーが、この9月17日から26日まで、八戸市美術館で常設上映される。八戸近辺を撮影した初公開の最新作『八戸、蟻塚――章伍さんと』を筆頭に、出羽修験・即身仏=木乃伊で知られる山形の肘折(ひじおり)を彷徨する『月山(がっさん)、一番下を吹く風』、柳田の遠野物語・賢治の銀河鉄道の始発駅たる土沢(つちざわ)に取材した『萬(よろず)、巨人の足音』など一挙四作が同時公開されるのだ。
そのICANOF(イカノフ/代表米内安芸)第十回企画展『飢餓の國・飢餓村・字(あざ)飢餓の木=略称KwiGua展』のもう一本の柱が、やはり東郷青児美術館大賞・河北倫明賞・国立ワルシャワ美術館賞など多くの受賞歴をもつ、八戸出身(上北郡横浜町生れ)の画家豊島(とよしま)弘尚による『飢の緑鴉(りょくあ)・餓の赤鴉(せきあ)』『狂児かえる――黒田喜夫詩より』『白い月の手鏡より 〈寄港〉』など、百号~二百号の新作・近作30点余を展示。いわば映画詩と絵画詩の空前の出会い頭。ここに「ガシ」のオンが三つも並走しているのは、ゆえなきことではない。
(3)
洗濯バサミをいくつも環状に取り付けたピンチハンガー。ピンチ(はさむ・つまむ)からピンチランナーなど「切迫・危急」の語義も派生する。ハンガー(hanger)も一字替えるだけで飢餓(hunger)に変異する。映画を撮るのに詩人はなぜピンチハンガーを必要としたのだろうか。第一に、それにはフィルムのネガの切れ端やら木石の砕片やら北米先住民のカチーナドールやらが吊り下げられていて、どんな景色も揺らめく小物ごしに垣間みられることになるから、「微動するヴェール」としての視覚的な効果を発する。第二に、終始それらの小物はこすれ合って微音を奏でずにはいないから聴覚的な効果も歴然としている。
そこまではいい。次が肝腎なところである。第三に、足下灯りをかざす身振りという触覚的な効果、すなわち海馬に秘蔵された深部記憶において、詩人が照らし出しているのは空海や円空、芭蕉や良寛、真澄や昌益、イェイツやディキンソン、ジュネやツェランといった古今東西の「飢餓の歩き筋」にほかなるまい。古い伝承を新たに筆耕する腹の肥えた園丁サンチョの傍らで、日増しに痩せ衰えていく海馬ロシナンテ。その痩身にこそ一斉に放電するニューロシナプティックな避雷針。その意味で、吉増を現代詩の巨人とも絶海の孤影とも称するのはやや正鵠(せいこう)を得ていない。むしろ「現代詩の無人島」と私は呼びたい。無人ならどうしてそこを無人島といえるのか。そこが「無人」の棲む島、無人=島だから。ドゥルーズのいう無人島のパラドクス。それこそが吉増の「映画=詩」の呼称として相応しい気がする。
(4)
本展の大判図録が単行本『飢餓の木2010』と題して、以文社から全国向けに発売されることになった。21世紀的ハンガーとは一体いかなる妖怪なのか。来たるべき危機的な徴候を身に浴びながら、ハンガーは何を吊り下げ、何を干上がらせ、なおかつ、どんな倍音を響かせるのだろうか。たとえ本書を〈ピンチハンガー調書〉と本歌取りしても、サイードとの交響において「晩作=レイトワーク」を定義してみせた、かの本家には叱られることはあるまい。人は誰もハンガーを手にかざして永遠の一歩手前に臨むほかないのだから。日に日を継ぐごとに。
※ 2010年9月17~26日の計10日間(10時半~18時半・入場無料)、八戸市美術館で開催されるICANOF第10企画展『飢餓の國・飢餓村・字飢餓の木展』(日本芸術文化振興基金助成)、およびICANOF +以文社刊行(全国の書店向けの公式発売日2010年10月4日)吉増剛造・豊島弘尚・鵜飼哲ほか共著『飢餓の木2010』上製+カヴァー+オビ(タテ246 ×ヨコ261ミリ)/カラー72頁(全180頁)/本体2858円+税
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オープニング特別プログラム=ICANOF八戸芸大市民公開講座(会場:八戸市美術館2F/各日:資料実費1000円)
トーク(1)『吉増剛造と〈飢餓の木〉』: 9月17日(金)18時半
講師:吉増剛造(詩人)・露口啓二(写真家)・岡村民夫(表象文化論)・八角聡仁(映像論)
トーク(2)『TOYOSHIMA絵画の〈飢餓と不定形〉の詩学』: 9月18日(土)14時50分
講師:江澤健一郎(文学思想)・矢野静明(画家)・松本潤一郎(現代哲学)・豊島重之(司会)
佐藤英和映像作品『mouthed noir version』上映:18日(土)14時
佐藤恵 poem-reading『飢餓の涯へ地べたへ ――黒田・古賀・福井桂子に』18日(土)14時半
及川廣信ソロダンス公演『村への遊撃 ――黒田喜夫に』18日(土)16時50分
『 ICANOF10周年パーティ』18日(土)18時半 会場:八戸グランドホテル/会費:新刊図録つき7000円(どなたでもお気軽に御参加ください)
主催・問合せ:ICANOF事務局 090-2998-0224 http://www.hi-net.ne.jp/icanof/