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『露口啓二写真集/Blinks of Blots and Blanks/ICANOF2009』

ICANOF「Blinks of Blots and Blanks(略称BBB)展」図録=写真集

――〈地名〉は何にも似ていない! ゆえに〈地名〉は〈写真〉に似ている!
 
作品収録/露口啓二(写真)・吉増剛造(映像)・伊藤二子(造形)・倉石信乃+須山悠里(映像)
執筆/露口啓二・及川廣信・伊藤二子・米内安芸・豊島重之

A4変型・全カラー・320ページ
オビつき  定価(税込み)2500円(本体価格2381円)
ISBN978-4-903301-04-4 C0072 ¥2,381E

>>露口・豊島の往復書簡による「図録序文1・2」
 

書評:ICANOF2009新刊『露口啓二写真集』

讀賣新聞日曜版(2009年12月20日付け)書評欄より転載
 

祝津/Syukudu/sikutut-us-i(えぞねぎ=wild onion) 2001 2001 ©TSUYUGUCHI Keiji

祝津/Syukudu/sikutut-us-i(えぞねぎ=wild onion) 2001 2001
©TSUYUGUCHI Keiji

 風景写真の欄外には、しばしば日付と地名が付記される。それ抜きではいつどこなのか分からない、あいまいなイメージに過ぎないからだ。日付と地名が付記されることで、初めて風景の同一性は確かなものになる。
 札幌在住の写真家、露口啓二の〈地名〉シリーズは、そこに揺さぶりをかける。地名の漢字・ローマ字表記、その起源となるアイヌ語のローマ字表記と意味が併記される。しかも撮影地を再訪し、視覚をずらした別カットを撮る。通常、その2点は横方向に並置される。
 日付と地名の重層化。そこを別の言葉で呼んだ人々のまなざしが呼び込まれ、何気ない風景とそれを眺める私の視線を動揺させる。
 青森県八戸市で先鋭な芸術活動を続けるグループICANOF(イカノフ)が、露口を展覧会に招いたのを機に、写真集を発行した。他のシリーズを含む300点を収録。(ICANOF 問合せ=0178・45・9247、税抜き価格=2381円)

(執筆=讀賣新聞美術部・前田恭二)

新刊図録『露口啓二写真集』書評

金子 遊(かねこ・ゆう/映像作家、2008年ICANOF『68-72*世界革命*展』招待作家、2009年「奈良前衛映画祭」NAC賞受賞)
 

■北海道と風景

2009年の夏は、北海道で半月を過ごした。
ものすごいスピードで旭川、北見、網走、羅臼、根室、帯広へと移動していると、或る音楽家がエッセイ集で書いていたことを思い出した。
「北海道は物語のなかの架空の場所か、映画のための広大なオープンセットなのではないか」と。
北海道を車で走っていると異国に迷い込んだような気がする。それでいて、どこまで行っても同じような風景なのだ。
それは、この土地が歴史的に押し付けられたグローバル化の産物であることは分かっている。
しかし、全道どこまで行っても一律によく整備されているということは、裏を返せば、たとえば斜里と稚内の町を、留萌と室蘭の街角を比べたときに、「風景」として俄かには違いが判然としないということである。

■露口啓二の「地名」

そんなことを考えていた矢先に、露口啓二の写真集を手にとった。
「地名」という写真シリーズでは、キャプションに地名の漢字表記、ローマ字表記、アイヌ語のローマ字表記と意味が付けられている。
これは無論、現在の地名がアイヌ語に由来するからだが、アイヌの人たちは感心するほど地名を的確につけている。
写真集によれば、たとえば二風谷アイヌの平取(びらとり)は、「崖の・間」という意味であり、知床半島の羅臼は「魚の内臓・あるところ」という意味だそうである。実にうまい。
つまり、北海道の大地には平準化された表面の層と、かつての生き生きとした生命の漲る古層とが重ねられているのである。
露口氏の写真も一見何の変哲もない風景を撮っているようで、実に巧みに地形を読み取りながら、かつての北海道の記憶へと慎重な足どりで少しずつ歩を進めている。

■「ON -沙流川-」

とはいえ、地名を頼りに土地の記憶を喚起させていく方法自体には、それほどの独創性があるとは思えない。
むしろ「ON -沙流川-」のシリーズに至って、写真が凄まじいまでの凝集性を見せるようになるのは、何か得体の知れぬものに、写真家が突き当っていたからではないか。
姿かたちを変えて変転する水をめぐるシリーズであるのだが、ここでは温度や湿度、土の湿り具合や粘つきが密度を持ち、光と影と色彩となって見る者に迫ってくる。
このシリーズにいたると、写真家はもう地名の意味を問うような真似はしない。ただ、片仮名表記でその地名の「音」を差し出すだけである。
手前にある対象のフォーカスを大胆に外し、奥行きを出すなど、かなり実験的な手法も取り込んでいる。
薄暗い、湿った、陰湿な北海道というのは、ただ表面を移動しているだけでは見えないものだろう。
やはりここに見られるものは古のアイヌの人々のように、写真家が自分の足で歩いてたどり着いた何かではないのか。
それを言葉にしてしまうと多くが失われてしまうが、あえて逆立した物言いをすれば、露口啓二は北海道の「東北性」に突き当たったのではないか。
それは続く「オホーツク・シモキタ」の写真シリーズが、異なる土地の写真を混在させながら、一つのトーンを保っている点からもうかがえることである。

(2009年11月3日付け blog 『シネマの舞台裏』より転載)

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